こよなく晴れた秋空の下、窓一つ無い狭い部屋で差し向かいにノートパソコンを打つ男がふたり。
「…詐欺だよな。あんたもそう思わないかい?」
「何がだよ」
 綺麗に剃り上げた坊主頭の大男と、無精髭を生やした優男。ふたりの前にあるノートパソコンも無骨な支給品と私物の最新式薄型サブノートと、見事に性質の違いを表している。
「刑事ってのはもっと派手にドンパチやってる商売じゃなかったのかい」
「そんな荒れた現場そうそうないっての。ドラマの見過ぎ」
 不機嫌な顔で灰皿に煙草を押し付けて、だが優男は液晶画面から目を離すことはない。キーボードにかけたシリコンカバーの上に灰の欠片をいくつか落としたまま、機械的に入力作業をこなしていく。
「俺はこーゆー文書作成なんてぇ業務は大嫌いなんだよ…」
 はあ、と溜息を吐いた坊主頭は、缶コーヒーをぐっと呷って唸った。この調べ室に入って3時間、並んでいるコーヒー缶は3本。じきに4本目を買いに行くであろう部下を視界の隅で捉えつつ、煙草を吸わないくせに臭い臭いと騒がないだけでもありがたいと優男は思った。
 ニコチン中毒ではないがカフェイン中毒なのではないかと思うほど──コーヒーに移行する前にデカ部屋の安物の緑茶を5杯は飲んでいる──目の前の部下に、定番の文句を吐き捨てた。
「ホシ取ったら調書巻くのが俺らの商売だろうが。厭なら交番のヒラ巡査に戻るんだな」
「…ハコ勤務も俺は嫌いじゃないんだがね」
 まあこの男の性格なら、近所住民にも愛されるだろう。そうとは思うが、制服全てが特注であろうこの男は交番に置いておくには邪魔すぎる。警視庁職員四万四千人のうち、こいつを上回る体格の持ち主が他にいるんだろうか。
「ならいいじゃないか。帰りたきゃ俺から上杉さんに話してやるから」
「たまにでもドンパチあるだけでも今の方がマシだね」
 どうやらそれが坊主頭の本音のようだった。優男は印刷コマンドを押し、たった今仕上がったばかりの捜査報告書の印字を出す。
「なら諦めてさっさと書類上げろ。俺はもう終わった」
「係長は終わったのかねぇ」
 プリンタから出てきた書類に印鑑を押し、優男はぱらぱらと印字した書類を点検する。その間も、坊主頭の視線は手元と液晶画面を行ったり来たり、効率の悪いこと甚だしい。
「終わったも何も。さっきホシ預けて今から戻るって電話あったぞ」
「…あんた、ずっとここにいたよなぁ?」
 心底不思議そうな顔を見返し、胸ポケットの煙草に手をやった優男はそれが空であることに気が付くと途端に厭な顔をした。小さく舌打ちすると、空のケースを握りつぶした。
「誰かさんと違って、俺は書類打ちながら回りの音も聞いてるんでね」
 雑賀長、と調べ室の外から名を呼ばれて優男は立ち上がった。どうやら名指しで電話が入っているらしい。
「あと30分で終わらせとかないと上杉さんからカミナリ落ちるぜ」
 開けっ放しの調べ室の扉から見えるカミナリ担当は、課長席でやはりパソコンの画面を退屈そうに眺めている。おそらくこの書類が出来るのを待っているのだろう。
「臍隠さないと拙いかねぇ…」
 眉をひそめて唸り始めた坊主頭は、30分で終わらせる自信がないらしい。優男はふ、と笑って机越しにぽんぽんとそのゴツい肩を叩いてやった。
「ま、頑張ってキーボードとにらめっこするんだな慶次」
 雑賀長電話、と催促する若い刑事にはいよと答えて雑賀巡査部長は立ち上がる。ついでに缶紅茶でも買ってきてやろうと思いつつ、窮屈な調べ室を出て行った。








 一度はやってみたかった刑事ネタ。これもリサイクルです。
 孫市は階級も上ですが職歴も上。慶次は新卒じゃないので年上ですが後輩。ついでに孫市は何でもそつなくこなすのに対して、慶次は機械音痴の肉体派。
 もっとついでに孫市が無精髭してられるのは非番だから。朝出勤して髭剃ってなかったら上杉課長に剃らされます。で、慶次が坊主なのは禁止されてようが(警視庁は髭と坊主は禁止だそうです)剃ったモン勝ちだからであります。
 設定だけはてんこ盛り。続きがあるかどうかはわかりません。