今日も星が瞬いている。
 ヴィットーリアは、くるまった外套の中で目の前に広がる空を見ていた。今日の寝場所は草原だから、視界を遮る立ち木はない。獣やモンスターを避ける為に夜通し燃やす火の番を、日付が変わって更に一刻経ったことを星が教える頃に交代した。だがまだ目が冴えて眠れない。赤々と燃える焚き火に目をやると、その向こうから声がかかる。
「眠れないか」
 聞こえる声がこの声であることに、もう慣れてしまっている自分がいる。ちいさく笑うと、向こうからもふと笑う気配がした。
「折角交代したんだ、早く寝た方が楽なんじゃないかい?」
「まだ眠たくないんだもの」
「俺は眠い」
 うー、があ。獣じみた声をあげながら、大きな体が伸びをした。


 ぱちり、と小枝が爆ぜた。

「…もう一年になるのね」
「そうだな」
 最初にこうしてふたりで眠ったのも、朝夕が少し肌寒くなった頃だった。あの頃咲いていた花が今年もまた咲いて、その盛りも過ぎた。
「しかし、よくこんな得体の知れない男についてくる気になったな」
「だって」
 あの時は立て続けに父を亡くし親友を連れ去られ、とにかくこの男について行くしかないと思い詰めていた。自分の身はどうなろうと、他に頼る人間はいなかった。
 けれど口に出したのは違う言葉で。
「父さんがいい加減な人に私のこと頼むわけがないもの」
 優しかった父。最期まで、血の繋がらない娘のことを案じていた。
 その父が。喩え死の直前で頼む相手を選ぶことが出来なかったとしても、信用のおけない男に娘を託す筈がないのだ。
「親父さんの見込み違いってこともあるだろ」
 ニヤニヤと笑っているであろうその顔が、ヴィットーリアには簡単に想像できた。その顔を見てやろうと起き上がると、冷えた空気が胸元に流れ込んで来る。
 外套の前を掻き合わせながら確かめたその顔は、想像通りの笑顔を浮かべていた。そうね、と云って一呼吸置き、ヴィットーリアは立ち上がってこっちに来ようとしている男に向かって続けた。
「結婚するまでは綺麗な身体のままでいろ、って父さん云ってたのに」
「こんな悪い小父さんに捕まっちまってなぁ」
 頬に唇が触れると、ちくりと無精髭が刺さる。
「ホント、悪いオオカミさんよね。ゼネテスもそう思うでしょ?」
 抗うこともなく組み敷かれたヴィットーリアは、満点の星空を従えたその顔に手を伸ばした。頬を撫で、太い首に手を回す。 「異議なし」

 これで明日は寝不足決定。頬から胸へと滑り降りる大きな手を軽く押し止めてみせながら、ヴィットーリアはちいさく溜息を吐いた。







旅立ちから一年後、ゼネテスはまだ一介の遊び人です。
なんか戦むその方とあんまり変わらない…。