「いい天気だねぇ」
本日何度目かの快晴を喜ぶ言葉が孫市の耳に届いた。
「全くだ」
「あんたもそう思うかい?」
「いや、殆どの奴はそう思うんじゃないか?」
雲ひとつ無い、とはいかないが真っ青な空が何処までも続いている。どこからか甘い匂いも流れてくる。街道と平行して流れる川の土手に、大の男がふたり転がっているのはあまり美しい絵柄ではないと孫市は思う。だがそんなことなどどうでもよくなるくらい初夏の空気は気持ちいい。熱くもなく寒くもなく、風はさわやかで日光は心地よい。
「そうだよな。蒲公英も喜んでるぜ、なぁ」
慶次は指先で近くの蒲公英を愛おしげに突いている。そのでかい身体の下に敷いてるものは何だ、と云いたくなった孫市だが、これ以上会話が続くのが面倒になったのでやめた。とにかく眠い。
昼飯も食ってお天道様も機嫌が良いとなればやることはひとつ。本能に身を任せて昼寝をすることだけである。くあ、と欠伸をひとつした孫市は、いくらもしないうちに寝息を立て始めた。
「何だい、もう寝ちまったのかね」
歳の割には幼い寝顔をさらしている連れを見付けた慶次は、ちょいちょいと髷を突いてみた。だが一向に起きる気配はない。身じろぎもせずにくうくうと寝ている。
「先に寝られちゃあ退屈なんだよなぁ、これが」
暫くその寝顔を眺めていた慶次は、急にいそいそと懐に手を入れた。懐剣を取り出し、悪戯小僧の顔をして孫市の帯に手をかけた。
可哀想な被害者の服装を元通りに整え終わると、慶次は懐剣を仕舞いくっくっと笑う。
「目が覚めたときが楽しみだねぇ」
独り言を言いつつ、相変わらず熟睡している孫市の隣にごろりと横になる。程なく慶次も小さな鼾をかき始めた。
孫市は眩しくて目が覚めた。目を眇めながら見上げた太陽の光は、既にほんのりと色付きかかっている。隣からは小さな鼾。頭を掻きながら起きあがった孫市は、何だか違和感を感じた。
…何だ?
慶次がまた何かしたんだろうか。一度寝たらよっぽどのことがない限り目を覚まさない孫市は、いい歳をして悪戯好きな慶次の格好の標的にされている。
確か最初は夜中に髭を剃られた。次は顔に炭で隈取りされて、一昨日は爪を切られていた。今日は何だ? 孫市がそう思ったのも無理はない。
ただ、慶次の悪戯が実行されるのはいつも夜だった。孫市はまず己の顔を撫で、次に手を確かめ靴を脱いで足も見る。腕も捲り裾も折り上げてみたが何事も起きていない。一見何事もなかったように見える。
だがおかしい。何かが違う。
孫市は川面で顔を見てみようと、用足しがてらに立ち上がり歩いていった。
慶次は頭部に激痛を感じて飛び起きた。
「痛てててて…何だい、薮から棒に」
守る毛髪のない慶次の頭を蹴鞠よろしく力一杯蹴飛ばした孫市は、憤怒の形相を浮かべていた。
「手前ぇ、いいかげんにしろよ! これで何度目だ!!」
「下の毛を剃ったのは初めてだねぇ」
「ったりめーだ!」
慶次の眉間に、孫市の相棒の銃口が突きつけられた。
川面に己の姿を映しても悪戯の痕跡を見付けられなかった孫市は、諦めて用を足そうとした。おかげでようやく違和感の正体に気付いたわけである。
当然孫市は最低限の報復を果たすため、わざわざ一度足音を忍ばせて慶次の側まで戻る。相棒に弾丸を込め、火縄に火をつける。火蓋も切っていつでも発射できる状態にしてそこへ置くと、改めて二間ほど遠くまで移動した。そこから助走をつけて、力一杯坊主頭を蹴り上げる。ちょっとヤバそうな鈍い音がしたが、そんなくらいでは怒りは治まらない。
案の定、飛び起きた慶次はさほど痛そうにはしていなかった。孫市はかねて用意の相棒を拾い上げ、見事な素早さで慶次の眉間を捉えた。
「遺言があるなら聞いてやる。さあ」
「ちょっと待て。大した実害もない、ちょっとした冗談の為に俺は殺されなきゃならないのかい?」
「今回は冗談の域を超えてる。大体、よりによって昼間の屋外でコレなんだ」
どう考えても昼日中のお天道様の下で下半身もろ出し状態になっていた事は間違いない。しかもここは街道沿い、通りすがりの旅人の格好の見せ物になっていた可能性すらある。
孫市としては今日の昼まで時間を戻して欲しい心境であったが、慶次はあっさりと、しかも朗らかに一笑した。
「そりゃぁあんた」
「明るいからさ。薄暗いところでもし手が滑ってちょん切っちまったらあんた困るだろ」
「…」
実に明快な答えに思わず絶句した孫市の一瞬の隙に、慶次が動いた。
「こんな物騒なモンは仕舞って、そろそろ出発しようや」
ぐいと銃口に額を押しつけた慶次はにかっと笑った。孫市が撃つはずがないとわかっているのだ。
「…次やったら殺す」
精一杯の負け惜しみを云って、孫市は銃を降ろして火縄を消した。腹立ち紛れにもう一度手近な脛を蹴飛ばしたが、いてて、と真剣みのない声が聞こえるばかりで。
はあ、とにやにや笑っている慶次を見ないようにして孫市は溜息をついた。
鋭利な刃物で剃った毛は、生えてくるときがちくちくと痛い。
という事を孫市が知ったのは、さらに数日後のことだった。
馬鹿ですねぇ。なにをやってるんでしょうかこいつらは。(とりあえず自分のことは棚上げする方向で)孫市が溜息キングになりつつあります。折角脱がせてるのに何をやってるのだうちの慶次は。
下ネタ好きの管理人らしい一品ということで。お食事中の方、いらっしゃらないと思いますけどすみません。
ちっとも格好良くない二人で本当に申し訳ない…。でも管理人はすっきり(^^)