抜けるような青さのお天道様の下、いい歳をした男ふたりが裸で絡み合いつつ転がっている。それはこれ以上ないくらい間の抜けた光景だと孫市は思う。
だから、今まさに己の帯の結び目に手をかけようとしている相手にそう云った。袷の中に突っ込まれた顔を上げさせるために、髪がないからしかたなくその耳を引っ張る。
「だから?」
「全部ひっぺがすのはよせって云いたいんだがな、俺は」
至近距離から見つめてくる大きな目をまっすぐ見返し、孫市は子供にいい聞かせるような物言いをした。だが、云われた方は一応帯から手を放したものの、得心がいかぬという顔をする。
「折角のいい天気なんだ、素っ裸の方が気持ちいいだろう」
珍しく少し不機嫌な声で、慶次はそう云った。
確かにそれは一理ある。既に重なり合った部分はしっとりと汗ばんでいるというのに、更にこれからひと運動をしようというのだ。当然着ているものは汗臭くなるし皺になるし、土やら草の汁やら何やらで汚してしまうことにもなりかねない。最初から全部脱いでおけば、心おきなく一儀に没頭できるというものだ。
孫市だって可愛い村娘が相手ならそうしてもいい、いやむしろそうしたい。日光の下で見る、白い柔肌はまた格別だ。青空の下、何も着けずにけもののように無心に睦み合うなど、考えただけで愉快ではないか。
しかし、である。
今現在孫市の上にのしかかっているのは花も恥じらう乙女ではなく、これ以上はないと云うくらいのむくつけきおのこである。しかもわざわざ服など脱がなくとも、十分普段からけものであることだけは何の疑いもない。そんな男の裸なんぞ見てなにが楽しいものか。お天道様たる天照大神だって、男の小汚い尻なんぞ見せられてもきっとはなはだ迷惑に違いない。いや、絶対にそうだ。
以上の持論を滔々と展開し、孫市は最後を次の言葉で締めくくった。
「そんなに裸になりたいんなら、あんただけそうしたらいい。俺は厭だ」
これで問題は一発解決して続きに進める。決然と言い放ちつつ孫市はそう思ったのだが、どうやら相手が悪かったらしい。
「そうはいかん」
まるで説法をする坊主のような重々しさで慶次は断言した。そう思うのは坊主頭のせいなのだろうと孫市は勝手に結論づける。こいつが本当に坊主だったとしたら、とんでもない生臭坊主だ。飲む打つ買うの三拍子が揃った坊主など、煩悩の塊以外の何者でもないではないか…。
そこまで想像してくすりと笑った孫市の、はだけた膝に手がかかる。そのまま割り開かれると思ったらそうではなく、ゆったりと大きな手が腿を往復するだけであった。
そして、孫市の予想通りの言葉が形の良い唇から零れる。
「観賞される側が脱がなければ意味が無かろうが」
「あんたなぁ…」
最初から予想していた科白ではあるが、脳内で想像しているのと実際に音声として耳から入ってくるのとでは破壊力が違う。反論する気力を半ば失い、孫市は溜息を吐いた。
結局のところ、孫市が「相手が可愛い娘なら」云々と思っているのと、慶次が孫市の着物をそっくり剥がしてしまおうとするのは同じ事なのだ。孫市にとっては信じがたい事ではあるが、この男は男女問わずに裸の姿を愛でる癖があるらしい。
まあ、そもそも男を抱こうなどと思うこと自体、孫市にとっては理解の範疇外の発想である。己が女性に対して思うことをそのまま置き換えたとしたら、理解できなくもない、ような気もする。
だからといって云うことを聞いてやる義理もない。というより、こうして抱かせてやっているだけで有難いと思って貰わねば困る。なのにこの図々しさは何なのか。
孫市がある意味自分勝手な理論で怒りを湧き上がらせている頃、慶次は自分なりの理論で事態を進行させようとする。
「それに、だ。俺が脱がなければそれであんたの希望は通ることになる」
「ちょっと待て!」
腿を離れて再び帯にかかった手を、そうはさせじと孫市は渾身の力で握り込む。腕力の差は大きいとはいえ、ここで何とか防御しないと、あっと云う間にひん剥かれるのは目に見えている。大人しく裸にされる意志がない以上、孫市も必死にならざるをえない。
「ふたりのうちのどちらかが脱がなければそれでいいんだろう?」
確かに裸の男が二人、とは云った。だがひとりでも間抜け具合には代わりはない。絶対に厭じゃ、と抵抗を続ける孫市を面白そうに眺めながら、慶次は自由な左手でぼりぼりと頭を掻いた。
「それに、天照大神も男の尻を見ずに済むしな」
「何でそうなる!」
「俺の尻は着物で隠れるし、あんたの尻は俺で隠れる」
「…」
「だろ?」
確かに、これから先の互いの状況を想像すればそうなる。だからといって、はいそうですかと裸にされてやる訳にはいかない。無駄とは思いつつも孫市は説得を試みる。
「あんたには見えそうで見えないとかそういう風情を愛でる心はないのかっ」
「そういうことは薄暗い時に追求させてもらうから、心配してくれなくていい」
心配するのはあんたのことじゃなくて俺のことだ。そう云いたくても、帯を巡る攻防でそれどころではない。
「厭がる相手に無理強いしない、ってのがあんたの信念じゃなかったのかよ!」
「厭がってるのか?」
「さっきからこれ以上はないってくらい厭がっとるわ!」
「そうかい? こっちはやる気満々みたいなんだがねぇ」
頭を掻いてそのまま乗っけてあった左手で、慶次は孫市の、いつの間にやら結構大胆に開いた腿の間を指し示す。わざわざ自分で見てみなくとも仰せの通りなことは、孫市自身が一番よくわかっている。
だが、それは最初から一度も否定した覚えはない。それなりにいい雰囲気だったのが言い争いに変わったのは、全部この年中盛っている馬鹿が悪い。孫市はただ屋外で裸にされるのが厭だ、と云っているのに、この男にはどうやらちっとも伝わってないらしいのだ。
「あんた人の話全然聞いてなかったろ…」
何だか空しくなってきた孫市が盛大な溜息を吐いた途端、結び目にかかった慶次の右手を押さえ込んでいた両手が微かに弛んだ。そんな好機を慶次が見逃すはずもなく。
「全く、強情だねぇ」
するりと逃げ出した大きな手は、万事休す、とぎゅっと目を閉じた孫市の帯ではなく、そのもうひとつ下に隠れた結び目に移動した。
「まぁ、確かに無理強いは俺の主義とは大いに反するからな」
どうやら諦めてくれたらしい。あからさまに安堵して体の力を抜いた孫市の耳元に、片手で器用に下帯の結び目を解いた慶次の低い低い声が、とんでもない言葉を吹き込む。
「仕方ない、あんたが自分から脱ぎたいと言い出すまで頑張るとしようかね」
げ、と思わず呟いた孫市は、すぐさま「脱ぎたい脱ぎます脱がせて下さい」と云えない自分の性格を恨んだ。云えば楽になるのに。ちょっと間抜けな己の姿を我慢するだけでいいのに。わかっていてもそれだけは出来ない。
損な性分だ、と、孫市は下帯を引き抜かれながら本日何度目の深い深い溜息を吐いた。
***
結局、ふたりのうちどっちが先に折れたのか。それは着物に包まれた男の尻をさんざん見せられた高天原の最高神だけが知っている、かもしれない。
折角そーゆー場面なのに、色気もへったくれもありませんね。どうもふたりそろってギャグ体質のようです。勝手に動かすとギャグにしか行き着きません。
それと、うちの孫は男と寝ること自体にはあんまり抵抗ないみたいですね。( ・∀・)つ〃∩ ヘェ1へぇ。知らなかった…。
お天道様=天照大神というのは、何でも美女として擬人化したい孫市の言い分であって別に確固たる根拠があるわけではありません(^^)主神だし太陽神だからいっか、くらいで。